「主は私の恵み私の砦私のやぐら私の救い主私の盾私の避け所私の民を私に服させる方。」 詩篇 144篇2節

一言でこの詩人の心とその信仰を表すならば、それは「完全な信頼」と言えます。

詩人は、現在に至るまでの自分の恵みと喜びといったものは全て主から来ているのだと、ここで最初に声を上げるのです。

続いて詩人は主は自分にとって「砦」「やぐら」「盾」「避け所」であると表現をします。
詩人の住む場所、居るべき場所は、主に守られた頑強な「砦」なのだと告白するのです。
続けて、詩人を攻撃する者、敵対する者を見張っていてくださる「やぐら」だと表現します。
さらに攻撃が詩人自身に迫った時も詩人を守る「盾」であると表現します。
この主の盾があれば詩人は守られて戦いにも勝利できます。
主は、詩人の救い主なのです。
そして詩人の心が休まる「避け所」であると表現します。

完全な主の守りがあることお詩人は告白しているのです。

そして「私の民を私に服させる方」と言います。
詩人は王なのです。
この意味は、力づくで民を支配するということではなく、主が、王の治世を守り導いてくださるので、詩人ダビデの王国は安定して、平安であることを示しています。

私たちはどうでしょう。
この詩人のように、主の恵み、祝福と守りが、自分には届いていることを確信して生きるならば、王ではなくても平安に家庭で、社会で、職場で、学ぶ時、活動するときの、全ての場面で主の守りがあることを経験できるはずです。
何よりも、先に主への信頼を告白したい。
主の恵みと守りは、私にもダビデのように届いているのですから。

シャローム