「彼らは神の息吹によって滅び、御怒りの息によって消え失せる。」ヨブ記 4章9節
ヨブの友人は声をかけます。
この時まで、ヨブの苦しみ痛みがあまりにも酷いのを見て、声をかけることもできなくて、ただヨブの隣に座っていることしかできなかった友人からでした。
それが今、ついに声をかけたのです。
ところが驚くことにそれはヨブを慰めることもなく励ますこともありませんでした。
何とヨブを糾弾する、非難する声でした。
隣人の悲しみ苦労に対して励ましてきたのに、自分に同じ困難が訪れると、何もできずにいるのか。
罪を犯さなかった人に、神のさばきは及ばない。ヨブには罪があるのだという非難です。
確証もなく、糾弾するのです。
酷い。あまりにも愛のない友人の言葉です。
黙って座っているしかなかった数日間、慰める言葉も見つからなかった数日間の方が、どれほど良かったことでしょうか。
ここを読むと、どれほど私たちには、隣人への愛がないのかが分かります。同時に、神様のなさることを知ることは、本当にできないのだと、思い知るのです。
でも、でも、それを知ることに意味があります。自分の足りなさと、神の偉大さ、神の愛の広さと深さを知る手掛かりになります。
そして、その大きな深い愛で、私も神様に愛されているのです。
ヨブは、罪を犯したから、神様に打たれたのではない。
ヨブは、神様に見捨てられてなどいない。
ヨブは、この時も、友人に責められているこの時も、神様に愛されているのです。
ヨブ記は、大きな神の愛とご計画を知る書です。
シャローム
