「なぜ、あなたは御顔を隠し、私をあなたの敵と見なされるのですか。」ヨブ記 13章24節
信頼し、愛していた友人たちに、罪人だと責められて苦しんでいるヨブです。
身体の痛み、心の悲しみ、たましいの飢え乾きを覚えて苦しむのです。
十字架の上で痛めつけられたイエス様の痛みを連想させます。
しかし、イエス様は父なる神様に背くこともなく、呟くこともなく、苦しみを全て受け取り、飲み干しました。
しかし、ヨブはこれまで正しく歩んできた人であっても、人に過ぎません。
苦しみの中からいつの間にか神様を非難する言葉が混じってきています。
よくありません。
でも、この苦しみの中ではやむをえないでしょう。私もきっと同じ行動、反応をすると思います。
そして、ここに至って、ヨブの苦しみ、悲しみの根本がなんであるのかが明らかになりました。
「なぜ、あなたは御顔を隠し」と、ヨブは叫んでいます。
ヨブは、愛する神様に見捨てられてしまったと、嘆き、絶望しているのです。
「なぜ」とは、見捨てられた理由も分からず、神様からのことばが何もないことへの絶望です。
呼ぶよ。お前のあそこが間違っている、ここがダメであるから、断じるのだ。
そう神様に責められるならば、きっとヨブは受け入れたことでしょう。
しかし、今、ヨブは見捨てられてしまっとという悲しみ、嘆きばかりで、そこから抜け出せないのです。
これがヨブの苦しみなのです。
それでもなお、ヨブは神様に信頼して、期待して待てるでしょうか。
私なら、どうだろうか?と悩みます。
シャローム
