「安らぎもなく、休みもなく、憩いもなく、心は乱れている。」 ヨブ記 3章26節

2章では、ヨブの身に困難が続いた後、妻もヨブに厳しい言葉を掛けました。
妻の言葉に反論するのではなく、神に対する信頼を妻に語ることで、信仰の告白をするヨブでした。
しかし、ヨブの痛み、苦しみは、ヨブ自身が気がつかないうちに彼を痛めつけていました。
ついにヨブは、自分自身を呪う言葉を口にするのです。
この瞬間から、ヨブの信仰が揺り動かされていくのです。
もちろん、それはヨブが信仰を捨ててしまうと言うことではありません。
しかし、身体と心の痛みは、ヨブの信仰をも傷つけるようです。

ここ3章の最後にヨブは、呟きます。いえ、痛む心の吐露でした。
「憩いもなく」とは、混乱が来ていると訳すことができます。
そうすると「混乱」「心が乱れ」と、同じ内容を言葉を変えて繰り返して強く訴えているとわかります。
その前にはやはり言葉を変えて重ね「安らぎもなく」「休みもない」と、強調していることがわかります。
この時のヨブは、本当に心が痛み、心が混乱して乱れているのです。
どれほどヨブが辛い経験をしているのかがわかります。

しかし、続く4章になると、ヨブの友人たちは、ヨブの苦しみを、真に知ることができないで、ヨブを非難し始めます。
私たちは、隣人、友人の痛み、涙を自分のこととして受け止めて慰めることに疎い、足りない者なのだと教えられます。
それでも、そのすべての痛み、すべての行いを主は知っていてくださるのだと、覚えておきたい。
それこそがキリスト者の慰めなのです。

シャローム