「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのために、あなたがたも召されて一つのからだとなったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。」 コロサイ人への手紙 3章15節

キリストにある平和を私たち信じた者は、追い求めるように教えられています。
しかしそれは追いかけても手に入れられないものではなく、キリストの平和が私の心とたましい、私の生活をすべて支配するまでに、私のものとするのです。
12節には私たちが「神に選ばれている者、愛されている者」だと、教えられています。
そして続く13節では「互いに忍耐し合い、互いに赦し合いなさい」と、命じられるのです。
主を知らない、信じていない人に対して語っているのではありません。
主イエスを信じている人への教えであり、命令です。

主イエスが人々を、そして敵さえも愛して赦し、平和を与えようとされたように、私たちもまた、イエス様に倣うのです。

私の心がキリストの平和に支配されているならば、私の心には、憎しみや嫉み、争うという思いが入り込む余地はないはずなのです。
そして、キリストの平和で支配されているならば、私は本当に平和で愛のある豊かな生き方ができるようになるのです。
そのようになるために、私は私の心をすべてイエス様に明け渡して、キリストにある平和を受け入れて、お任せするのです。

私たちが神に選ばれて、教会に召されて集い、一つとなっているならば、私には争いや憎しみは心から過ぎ去っていくのです。
それが実現しないならば、それは私がキリストにある平和に支配されることに抵抗しているのです。
明け渡し委ねて、キリストにある平和を味わっていきましょう。

シャローム