「しかし、人は死ぬと倒れたきりだ。人間は息絶えると、どこにいるのか。」ヨブ記 14章10節

木は切られてもまた芽を出して若枝は絶えることがないと語るヨブです。
それに対して、人は死ぬと倒れたきりになると語るのです。
息絶えた人はどこへ行くのかと語るのは、神様に問いかけているのではなく、人の命の空しさを訴えているのです。
それは今のヨブの空しさ、絶望の心そのものです。

人に命を与えるのは神様であるとヨブは知っています。
そして、人の命を取るのも神様であるとヨブは知っています。
それは今のヨブの苦しみも神様から来ているのだと知っています。
知っているのですが、友人たちに責められ、苦しみが続くうちに、神様に従い通すことができなくなっています。

ですから、人の命の空しさを訴えるのは、友人たちへの反論だったはずですが、いつの間にか、神様への呟きに変わって来ています。

ヨブは、死の先に行くところを恐れているのでしょうか。
そうではなかったはずですが、いつの間にか神様に見捨てられてしまったのかと、恐れ始めているようです。
神様は罪人の私を愛してくださったのです。
神様の愛が先にあり、私たちの神様への応答と罪の悔い改めは、神様の愛が届いた結果です。
ですから、神様の愛を疑ってしまったなら、不安ばかりが増してしまうのです。
そして神様を見失ってしまうのです。
神様は、私を見捨てないのです。しかし、私が神様を見失ってしまうしまうことがあるのです。
気をつけたい。
神様の愛を疑わないで、私の人生を委ねていきたい。

シャローム