「彼らは遠く離れて立ち、彼女の苦しみに恐れをなして、「わざわいだ、わざわいだ、大きな都、力強い都バビロンよ。あなたのさばきは一瞬にしてなされた」と言う。」 ヨハネの黙示録 18章10節
神に逆らう代表としてその名前が上げられる大バビロンがさばかれます。
神様は、信仰者に向かって、大バビロンとは一切の関係を持たないように命じます。
信仰者は、自分自身とその行動をきよく保つように命じます。
何故なら、大バビロンにわざわいがが訪れるからです。
ここ10節と、16節、19節に渡って「わざわいだ、わざわいだ」と、繰り返されて強調されたわざわいが、与えられると語られます。
大バビロンが、どれほど力を振るい、自分を誇っても、主は大バビロンをさばき、滅ぼすことを決めておられるのです。
真の神の前には、どんなに力があるように見える大バビロンも意味はないのです。
そのさばきは、力を誇っている大バビロンには、恐ろしいわざわいなのです。
避けることのできないわざわいなのです。
避けられず、耐えることもできず、滅びに向かうことを「わざわいだ、わざわいだ」と、繰り返す言葉で強く訴えます。
私たちは、大バビロンが、どれほど力を誇り、影響が強くなり、私を誘ってきても、一切の関係を持ってはいけないのです。
そこには信仰による忍耐が必要です。
私たちには、その先にさばきではなく祝福が備えられているのですから。
シャローム