「しかし、王妃ワシュティは宦官から伝えられた王の命令を拒み、来ようとはしなかった。そのため王は激しく怒り、その憤りは彼のうちで燃え立った。」 エステル記 1章12節

今日からエステル記を読みます。短い書です。
ユダヤから遠く離れたペルシアの国、その王、クセルクセスの治世の時に起きたユダヤ出身の女性、エステルの信仰の物語です。
「神」「主」ということばは登場しません。
しかし、エステルとその養父モルデカイが、イスラエルの神、主を信じて歩む姿が明確な書です。

1章は事件が起きて幕が開きます。
王は、宴会で気持ち良くなり、王妃ワシュティを宴席に呼びますが、王妃がそれを拒んだことで、激しく怒ります。
12節は「激しく怒り、その憤りは彼のうちで燃え立った」と、言葉を繰り返して王の怒りを強調します。
宴席での飲酒を強要しなかったと8節にはあります。
そのような法律を定めていた王ですが、怒りは収まらなかったのです。

感情をコントロールするのは、難しいものです。
エステル記は、この後、養父モルデカイに憤ったハマンという男が悪意を持ってユダヤ人を虐殺しようとします。
ハマンは、終始、感情のままに行動します。
それに対して、エステルとモルデカイの二人は、主に祈り、穏やかに、しかし強い決意を持って、信仰に従った行動を取ります。

王のことばに従わなかった王妃ワシュティは、たった1度の行動によって、王妃の座を追われます。
しかし、5章になると、ハマンの悪巧みから同胞ユダヤ人を救うために、法律に背くエステルは、裁かれるのではなく王の好意を得ていきます。
その違いは何でしょうか。
ワシュティとエステル。
ハマンとモルデカイ。
感情ではなく、信仰と強い心、覚悟を持って臨む人には、主の助けが豊かにあるのだと思います。
神。主。という言葉が口に出されなくても、神、主だけを信じて信頼する人には、主はいつも背後で守り導いてくれるのです。

それにしてもクセルクセス王という人物は興味深い人です。感情が激しく動き、突然、思いがけない行動を取るのです。
主は、このような感情的な人のその性質や行動力までも用いるのです。

シャローム