「そこで、私はユダの有力者たちを詰問して言った。「あなたがたが行っているこの悪事は何か。安息日を汚しているではないか。」 ネヘミヤ記 13章17節
ネヘミヤ記の最後に記されるのは、主を礼拝する聖なる宮と礼拝する聖なる日をきよめて徹底的に守ることでした。
15〜17節に記されるのは、聖なる日に人々が自分のために働いていたこと、また商売をしていたことを知ったネヘミヤが、それを徹底的に取り除くことです。
労働を悪いこととして捉えているのでは、断じてありません。
主の日を守ることで、主が人々を祝福してくださり、収穫を増し加えて与えてくださるのです。
主を一番にしなければ、実りは少なくなってしまうのです。
また、モノの売り買いも必要なことですが、驚くことに町の外からも商売をするために人がやって来て、安息日にも売っていたのです。
主の日に人が集まること、人が集まる場所として町の中心を利用し、主の宮さも利用していたのです。
この罪はイエス様の時代にもありました。
イエス様が宮で怒りを表して、商売人の机を打ち倒した出来事を思い浮かべます。
ネヘミヤは、普段の生活、人々の行動から徹底的に主を一番とすることを教え導いたのです。
ネヘミヤは、厳しい言葉を用いて指摘します。
「悪事」「安息日を汚している」
日曜日の礼拝を大切にしていくことができないことは、主を侮り、主の名前を汚していくことなのです。
それは結果として、自分が主に与えられるはずの祝福、収穫の実り、慰めといったものを失っていくことになるのです。
聖なる日を聖なる日とするのには、私はどうすべきなのかをネヘミヤの行動から学んで身につけたい。
シャローム
