「実に、ユダヤ人モルデカイはクセルクセス王の次の位にあって、ユダヤ人にとっては大いなる者であり、多くの同胞たちに敬愛された。彼は自分の民の幸福を求め、自分の全民族に平和を語る者であった。」 エステル記 10章3節

エステルの名前が書名となっている本書ですが、その書を締めくくる10章はわずか3節だけであり、その内容もエステルの養父モルデカイのことを記して終わります。
モルデカイが異国、異教徒の国の、それも捕囚となった国の王様と並び称される人となったことを記します。
それはどのような国、土地や文化の中に置かれても、主にだけ信頼して信仰に生きる人は、その国でも祝福され、異国の人からも用いられることを証しするものです。
頑固なまでに主以外のものには、膝をかがめず、信仰を貫いたモルデカイを主が守り祝福してくださったことを、私たちは知るのです。

そしてモルデカイは、最後の節に記される通り、人々の幸福を求めて、平和を語り、証しをして、その通りに行動して生活をして人であったことを示すのです。
モルデカイの功績は、異国の地でも記録、記憶されるのです。
主を信じる信仰者だけではなく、まだ、主を信じてはいない人々にも尊敬されていくモルデカイの姿は、私たちが現代に生きる一つのモデルだと思います。

そしてもちろん、命がけで養父モルデカイと共に信仰の戦いをしたエステルの生き方も倣うべきものがあります。
信仰者の生き方は、年齢や性別、置かれている立場を超えて共通するものがあります。
それはいつも主に信頼し、従い通すこと。そして、その時に主に大いに期待することも忘れないことが大切なのです。

シャローム