「このことがモルデカイの知るところとなり、彼はこれを王妃エステルに知らせた。エステルはこれをモルデカイの名で王に告げた。」 エステル記 2章22節
王妃のワシュティが退けられて、代わりに国中から美しい未婚の女性が、王妃の候補として集められました。
7節いなると、本書の書名にその名前が用いられたエステルが初めて登場します。
ユダヤ人の養父モルデカイとともに、捕囚の民として暮らしていることが紹介されます。
エステルは、城に行くことになりますが、モルデカイの命令を守り、ユダヤ人であることは明かさず、謙遜に過ごします。
王の前に行くときでさえも、余計なものを求めないで、謙遜にする姿は、監督官ヘガイや、エステルが会うすべての人に好意を受けています。
主を信じる人の、主のことばに従う謙遜で柔和な心と行動は、真の美しさがあるのだと思います。
そして、モルデカイもまた、主を信じて正しいことを行う人です。
捕囚の民となっているのですから、王は、いわばユダヤ人を支配し苦しめる人だとも言えます。
しかし、王の暗殺の計画を知ったモルデカイは、それをエステルに知らせて、エステルから王に伝えられて、王は守られます。
この謙遜で正しい行動が、後半になってモルデカイもユダヤ人を守り助けることになります。
敵を憎むのではなく、正しいことを行い、自分が置かれた場所で、最善のことを為し。
褒美や称賛を求めるのではなく、どこまでも謙遜に行う姿が結果として祝福へと繋がることを、本書はこの後に起きる事件から知ることができます。
私たちは、いつも主を一番にして、主の前に正しいことを行い、謙遜に生きていけたらと願います。
礼拝の日曜日です。主の前に謙遜に進み出て、喜びと感謝を賛美の声に乗せていきたい。
シャローム
