「それは悪の杖が正しい人の割り当て地の上にとどまることがなく正しい人が不正なことに手を伸ばさないようにするためだ。」 詩篇 125篇3節

125篇は、新校舎をイスラエルの大切なシオンの山と大切な都のエルサレムに例えます。

主を信じて歩む人は、揺るぐことがなく、いつも周りの友人たち、隣人の前で信仰を証しするのです。
それはシオンの山が崩れることもなく、もちろん動くこともなく、いつも同じ場所にそびえ立っていて、それを見る人は変わることのないその姿からシオンの山の美しさに感動するように、変わることのない信仰者に人々の目は惹かれるのです。
そして信仰者は、シオンの山と同じようにエルサレムにも例えることができます。
シオンの山はそこにあることで証となりますが、エルサレムは町の周りを山々が取り囲まれることで証しになります。
周りの山は、城を石垣が取り囲むようにものです。
守られていることが一目瞭然なのです。
信仰者は、その信仰を主によって守られています。

主の守りには、二つあります。
一つ目は、外からの攻撃、迫害や非難から、守ってくれます。
その守りは、人の手で作った城壁や石垣と違ってとこしえに守ってくれるのです。

二つ目は、信仰者が、ふらふらと迷い出てしまって、信仰が揺らいでしまわないように、山々に取り囲まれたエルサレムの中に、留まり続けることができるように守ってくださるのです。
私たちの信仰が失われたり、揺らがないように、主ご自身が守ってくださるのです。
なんとあわれみ深い主の愛と御力でしょうか。

私たちは、主に愛されて守られているのです。

シャローム