「「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」さあイスラエルは言え。」 詩篇 124篇1節

詩人は、主を信じています。主を愛しています。
主が、全能の力でわざわいから守ってくださり、悪き者の手から救い出してくださることを信じています。
いつも主に助けを祈り、主の助けと恵みを期待しています。
期待して待てるのです。

その詩人は、声を大にして告白します。
主が私の味方である。
主は、私に味方して、人々が詩人に敵対した時も、必ず守ってくださると知っています。信じています。
ですから、詩人はこう言うのです。
「主が私たちの味方でなかったなら。」そんなことが決して起こらないと信じているのです。
信じているので、このような表現でことばにできるのです。
「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」と、仮定の話をしているのではないのです。
逆の表現で、味方なのですと、強く告白し、訴えているのです。

主を、私の唯一の神様だと信じる私たちです。その主は、私の味方でもある。
そう告白できることは、なんという大きな恵みでしょうか。

シャローム