「イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。」 ヨハネの福音書 6章53節

荒野に降ったマナと比較して、ここでイエス様は自分にことを「いのちのパン」だと宣言されました。
そして、荒野を旅したイスラエルの民が、朝毎に天から降るマナで養われたことになぞらえつつ、そのマナよりも素晴しいパンであることを示されます。
「血」は、エジプトを脱出する前夜に、主を信じるしるしとして、家ごとに門とかもいに塗ったいけにえの血を示します。
ここで飲むと言われる血は、十字架の上でイエス様が流される血のことです。
私たちの罪のために犠牲となり、身代わりとなり、いけにえとなってくださるイエス様の血です。
肉と血は、イエス様の犠牲の死を示します。

そして、肉を食べ、血を飲むというのは、信仰が心で思うだけのものではなく、具体的な行動を伴うことを示します。
荒野を旅した民が、幻のマナを見ていたのではなく、毎日、確かに食べたことと同じように、いのちのパンを食べるのです。
食べるというのは行動です。それを示しています。

主イエスを信じているならば、主の語られたみことばに、聞き従います。行動があります。
信じているならば、祈り、賛美します。
主イエスへの感謝とともに、生活をして、日曜日ごとの礼拝を喜びを持ってささげます。

主イエスを信じる信仰は、行動と経験がいつもあるのです。

シャローム