「しかし、一息つくと、彼らはまたあなたの前に悪事を行いました。〜」 ネヘミヤ記 9章28節

9章は、アブラハムを主が選んで祝福して大いなるイスラエルの民として増やし広げてくださったことから、出エジプト、カナンの地への旅のことを示しながら、その歩みの中で、どれほど人々が神を裏切って来たのかを告白して悔い改めています。
頑固でうなじを固くして、主に逆らい、主のみことばを捨て去り、罪の中を歩んできたのかを告白します。
そして、そんなイスラエルの民を、主は見捨てず、滅ぼし尽くさないで、あわれみ深く、情け深い赦しの神であることを証しするのです。

荒野の旅の途上で、カナンの地に移り住んでからも、ずっと繰り返して詰み深い民なのです。
しかし、主は変わることのない愛と赦しを与えてくださいます。
さばきを下すことがあっても、そこには赦しと回復が備えられていました。

そのような愛の神の前に、振り返れば民は、いつも罪を繰り返します。
ここ28節の最初に記されることばが、私は、そのことを明確に指していると感じ、受け止めました。
「一息つくと〜悪事を行いました」
祝福され豊かになり、貧しさ、困難から一息つくと悪事を行い。
さばきの後で罪が赦されて、一息つくと悪事を行い。
一息つくと、私たちはすぐに神の恵みと赦し、祝福を忘れてしまうのです。

一息ついた時、苦しくて主に叫んだ時以上に、一息ついて主を見上げて祈る者になりたい。

シャローム