「私も、私の親類の者も、私の配下の若い者たちも、私を守る見張りの人々も、私たちの中のだれも服を脱がず、水場でもそれぞれ投げ槍を持っていた。」 ネヘミヤ記 4章23節

ユダヤ人がエルサレムの城壁を再建することをよく思わず、破壊をしようとする人たちがいました。
彼らはユダヤ人に敵対し、神、主に敵対する人たちでした。
ネヘミヤは、彼らの悪巧みを知ると、工事に関わる人たちに警告して、警備をし、敵対する人たちと戦う備えをします。
大切なのことは、工事を止めることなく、破壊されないで、工事を継続することです。
夜も警備を怠りません。

しかし、警備して戦うだけではいけないのです。
工事は進めなければいけません。いや、進めたいのです。
それが大切です。

ここ23節には「だれも服も脱がず、水場でもそれぞれ投げ槍を持っていた」とあります。
服も脱がずとは、休憩の時間もいつでも戦えるようにという姿です。
水場でもとは、気を緩めることなく周りを警戒して喉を潤す様子です。
要するに、彼らは常に緊張感を持って、工事を進め、見張りをして守っていたのです。

それは再建工事と警備にだけ限ったことではありません。
私たちが、平和な時を持っていても、主を信じて礼拝し、主に仕えて行こうとするならば。
私たちは、ネヘミヤたちと同じ緊張感と一心に主に仕えて、具体的に行動することが大切です。

受難日の記念の金曜日を過ごし、土曜日です。
緊張しつつも主に期待して、主イエスのよみがえりの日曜日を待ち望みましょう。

シャローム