「モーセの律法を破らないようにと、人は安息日にも割礼を受けるのに、わたしが安息日に人の全身を健やかにしたということで、あなたがたはわたしに腹を立てるのですか。」 ヨハネの福音書 7章23節

21節でイエス様はユダヤ人たちに「一つのわざを行い、それであなたがたはみな驚いています」と、語っています。
これがここ23節で「安息日に人の全身を健やかにした」というわざのことであり、癒やしのことです。
それは5章2節からの箇所で記されるベテスダの池での癒やしのことを示しています。
イエス様が、三十八年間も病で苦しんでいた人を癒やしましたが、その日が安息日であったということで、ユダヤ人たちは、その人を責め、イエス様を憎んだのです。
安息日は、仕事をしてはいけないのであって、休むべきだと、律法を振りかざしたのです。

しかし、イエス様は示します。
安息日に良いことをするのは正しいことであり、それが神様の愛を示し、現すことであると。
安息日であっても、割礼を受けるならば、癒やしを受け取ること、主が癒やすことは良いことでしかありません。

ユダや人たちは、律法を守っていません。律法の心、律法に示された神様の愛が分かっていないのです。
正しく律法を守り、神を愛することをしなければいけないのです。

こうして律法を守っていないユダヤ人は神と人を愛することを実践しないで、イエス様を殺そうとするのです。
律法に示されていることばは、神様の愛が表されたものです。
神の愛が分からなければ、律法を守ることもできないのです。
律法を守ること、礼拝を守ることは、神様を愛することの現れです。
そこに愛がなければ、守っていることにはならないのです。

礼拝の日曜日です。神様と神の家族、隣人を愛していく礼拝の時をささげましょう。

シャローム