「私たちはみな、ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。」 コリント人への手紙 第一 12章13節
分派や愛のない行動が行われていたコリントの教会に対して、パウロは御霊による一致を教えて勧めます。
ここでは一つの御霊を飲んだという表現が心に迫ります。
エジプトを出発して荒野の旅をしている時の主の民のことを思い起こします。
あの時から、主の民は一つでした。ユダヤ人だけではなく、主を信じた異邦人もいました。御霊の導きによって一つとなって旅をしました。
そして全く水のない荒野で、御霊が湧き出させてくださった水を飲んだのです。
皆が同じ水を飲み、一つとされ、生かされました。
御霊は、私たちを今も導き、信仰を与えて、生かしてくださっているのです。
今、御霊を飲むというのは、救い主イエスを信じて、御霊を受け取り、御霊が一人ひとりの内側に住んでくださっていることを言います。
私たちは今、御霊によって生かされ、御霊から賜物をいただいて、互いに教会で仕えあっているのです。
私たちは、みんな同じ御霊を受け取っていて、その御霊が私を内側から助けてくださり、賜物さえも与えてくださっています。
みんなが受け取っています。同じ水、同じ御霊を飲んで、私たちは一致しているのです。
一致していないからだなどありません。
違う御霊など存在しません。
今、教会に集う私たちは、御霊を飲んでおり、一つであることを喜びたい。
シャローム
