「そして、外に出て行って、激しく泣いた。」 ルカの福音書 22章62節

ペテロは、イエス様とともに死ぬ覚悟がありますと、自ら語りました。
しかし、その言葉を口にした直後に、逮捕されたイエス様のことを知らない、違う、分からない3度にわたって否定したのです。
そしてイエス様が預言された通りに、鶏が鳴くのを聞いて、自分のしたことに気がついたのです。
死までもついていける、ご一緒しますと言った自分を恥じたのです。
しかし、イエス様を裏切ってしまったという悲しみの涙だけではありませんでした。

イエス様のことを知らないと言ってしまったことで、ペテロはイエス様を失ったのです。
イエス様はこの後、処刑されるのだと理解したペテロです。
失った。
先生であり、救い主を完全に失ってしまったと言う、後悔と悲しみで泣いたのです。
しかし、そうではなかったのです。
失ったと思ったのは、人の目から見たものに過ぎません。
神は、すべてをご存知であり、ご計画されていたのです。
人々がイエス様を見捨てて、弟子たちでさえも見捨ててしまった方こそが、人の罪を赦すことができる救い主なのです。
見捨てられたイエス様こそ、真の救い主です。

失ったと泣くことができた時、私たちは、救い主と真の出会いを果たします。
私の手で、救い主を掴み取ることはできません。
主を見捨てるような私を主イエスが掴んでくださり、罪の中から引き出してくださるのです。

シャローム