「神よ諸国の民があなたをほめたたえ諸国の民がみなあなたをほめたたえますように。」 詩篇 67篇3節
ここ3節と5節で、まったく同じことばを詩人は主に向かって声を上げています。
最初の1節と6節では「祝福してください」と、主の祝福が自分に注がれることを求めて、祈りの声を上げています。
そして、最後の7節では、神が祝福してくださっている世界で、すべての民が神を恐れて生きるようにと祈っています。
詩人は、67節では、神様から何かをいただこう、願いを聞いていただこうと祈り、声を上げているのとは違うようです。
神様の守りと祝福があることを信じている詩人は、自分だけではなく、諸国の民が、すべて心を神様に向けて、神様のことを心から祝福するようになることを願っています。
いえ、そのようになると信じて、それを声に上げているのです。
それは神様をほめたたえる生活、生き方が、本当の幸せで平安な生き方だと知っているからです。
「諸国の民がみなあなたをほめたたえますように。」
私たちが、神様のことを喜び、喜び歌う日々を送っているならば、それは神様のあわれみは尽きることがなく、神様は私たちを守り導いていてくださっているということです。
神様の公平なさばきは、私の完全な守りであり、神様のあわれみが私を覆っているということです。
私は弱い、ですからこれらのことを知っていても毎日実践することが難しいのです。
でも、神様をほめたたえることを私は忘れない。神様を毎日ほめたたえる一年を送ります。
神様のあわれみと祝福は尽きることがないから、私はほめたたえる。
シャローム
