「神よ沈黙していないでください。黙っていないでください。神よ黙り続けないでください。」 詩篇 83篇1節

83篇の後半を読むと、詩人は神がその力を表してくださって、神を侮る者たちを一掃し、彼らが自分たちの言葉と行いを恥じるようにしてくださいと祈っています。
神がさばきを留めて、忍耐しているのに、神を侮る者たちは、神には自分たちに対してなにもできないと、増長して騒ぎ立てているのです。
詩人は、そのことを非常に苦々しく思っています。
詩人は自分が苦しめられることよりも、自分が信じる真の神が侮られることが苦しいのです。

ですから、最初に声を上げます。
神が黙るとは、擬人法ではありません。
人が手で作った偽物の神の像と、イスラエルの神は違うのです。
神様は人と、人格的な交流を持つことができる方です。
そして、神の方から人に語りかけることができるのです。
声を掛け、交流してくださり、時には叱責のことばを語られます。
ですから、この神が黙るというのは、さばきを留め、忍耐して敵対する者たちを見ている状態です。
詩人は、神が声を上げて敵へのさばきを告げて欲しいのです。さばきをおこなって欲しいのです。
「沈黙していないで」「黙っていないで」「黙り続けないで」くださいと、詩人は三度もことばを繰り返して強調します。
今こそ、神が立ち上がり、敵をことばを持ってさばき、静めて欲しいのだと、強調するのです。
神が声を発すれば、神に敵対する者は、それだけで恐れ流のです。

そして、神を信じる人には、神の声を聞くことができるのは幸いなのです。

シャローム