「神は海を乾いた所とされた。人々は川の中を歩いて渡った。さあ私たちは神にあって喜ぼう。」 詩篇 66篇6節
一つ前の5節には「神が人の子らに、なさることは恐ろしい」と、あります。
恐怖ということではありません。
神の力と支配があまりにも大きくて、驚きを超えて恐ろしいということです。
私たち人と神様の違いが、決定的であって畏怖するのです。
そこには神様に対する絶対的な敬意があります。
この6節は、イスラエルの民が、モーセに導かれて海の中にできた道を歩いて、追い迫るエジプトの大軍隊から逃れた時のことを示しています。
普通ならば、後ろから軍隊が追い迫り、前には大海が行く手をふさいでしまい、立ち往生してしまうはずです。
しかし、神はその海の中に道を造られて、イスラエルの民を助けてくださったのです。
その上、追い迫るエジプトの大軍隊は、海の水にのみ込まれて滅んだのです。
私たちは、神が造られた道を歩むことができます。
驚くような方法で与えられた道でも、神様の恵みを信じるならば歩けます。
私たちは、恵みを受け取ることができます。
しかし、私たちは、自然を造り出すことはできません。
海も、海の中の乾いた道も、造ることはできません。
それは土木工事とは違うのです。
しかし、神の御業を喜ぶこと、賛美することはできるのです。
神様を信じて、恵みをちゃんと見るならば、それはできます。
恐ろしいほどの、大きな神様のからの恵みを受け取る用意はできているでしょうか。
賛美する心と唇は整っているでしょうか。
あなたの目の前に、突然、あなたが歩むべき道が、神様によって与えられる時があります。
シャローム
