「しかし神が彼らに矢を射掛けられるので彼らは不意に傷つきます。」 詩篇 64篇7節

詩人は敵に脅かされています。
敵は、心の内で悪を図り、詩人を苦しめます。
悪を行う人が正しい人を苦しめるのです。
そして、その悪の行為はうまく進むのです。
さらに敵は、その悪のたくらみは誰にも見破ることができないと豪語するのです。
そして、隠れて矢を射って、正しい人を傷つけ苦しめるのです。
さらにそのことを喜びます。

しかし、詩人は自分で復讐するのではなく、主に委ねます。
主が正しくさばき、報いてくださると信じているからです。

主は、悪を打たれます。
誰にも見破られるはずがないと、悪を隠れて行った者は、不意に傷つきます。
主が、彼を打たれたからです。
「不意に」とは、思いがけない時に打たれた、ということだけではありません。
その意味は、彼らが知らないだけで、主は、彼の悪をすべて知っておられるのです。
ですから、主が定めた時に、彼をさばくだけなのです。
悪を行う人が望むようにはならないのです。
それは不意に、一瞬にして覆されるのです。主の御手によって。

私たちは、主に身を避けて。悪から遠く離れ、主にあって喜ぼう。

シャローム