「御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。」 ルカの福音書 2章10節
2025年25日、クリスマスの朝です。日本では24日のイヴの方がよく知られているかと思いますが、最初のクリスマスの夜は、日付は翌日に変わっていたと考えます。
当時のユダヤの暦、時間は夕方には日付が変わります。
ですから、羊飼いが飼い葉おけに寝ているイエス様と出会ったのは、確かに夜ではあったけれども、日付は変わっていたと思います。
いずれにしても現代では、24日のイヴから25日の当日までをお祝いして、救い主の誕生を喜びたいと思います。
ここにクリスマスの意味、価値が示されています。
「民全体」すべての人に、そして一人ひとりに与えられるということ。
ですから人口調査からも外れて、町の賑やかな楽しみからも外されていた羊飼いに、しっかりとこの喜びが与えられたのです。
神は差別することなく、むしろ気前の良い方です。
「大きな」ただの喜びではなく、一番価値のある喜びなのです。
「喜び」この喜びはすべての人にとっての喜びです。
喜びは、個人、個人で違うという、そういう喜びではないのです。
趣味が違うとか、楽しみが違うとかではありません。
この喜びは、すべての人に必要です。
「与えられる」自分では獲得できません。自分では生み出せません。
私の外から、神様から与えられるものです。
これを受け取らない限り、私という存在、私の人生は、ジクソーパズルの大きな1片が欠けたままの状態です。
完成はなく、満たされることもないのです。
この知らせを聞いた羊飼いは、出かけて行き、イエス様に出会い、喜びを受け取りました。
ですから羊飼いは、賛美して帰って行ったのです。
もう、人々から外れ、離されて人で吐く、喜びに満たされた人へと変わったのです。
それが最初のクリスマスです。この喜びは、私たち一人ひとりに与えられました。
大いに喜びたい、受け取り楽しみたい。
シャローム
