「私の心が衰え果てるとき私は地の果てからあなたを呼び求めます。どうか及びがたいほど高い岩の上に私を導いてください。」 詩篇 61篇2節
詩人は苦しんでいます。苦しめられているのです。
詩人を苦しめる敵がいるのです。
今、詩人は本当に苦しいのです。それを「地の果て」と表現します。
苦しみが極限であることを、これ以上深みに落ちることがない「地の果て」と表現しました。
それも「心が衰え果てる」と表現しました。
身体が痛むとか、生活が苦しいというのではなく「心」と言います。
心が痛み、心が力を失い、立ち上がれないような地の果てに縛りつけられているのです。
しかし、詩人にはそこに助けがあります。
主を「あなた」と親しく呼びかけて、助けを求めます。
しかも、地の果てから、助け上げられて「高い岩の上」に移されて行くのだと、信じて祈り求めています。
主の助けは「及びがたい」高さです。人にはできません。主だけができる助けだと、表現しています。
心が衰え果てて、何もできないようですが、地の果てとはまったく逆の高い岩の上へ、助け上げられると、主の力と主の愛、あわれみを信じる心は失われていません。
私の心が衰え果てても、主が与えてくださる心は力を失うことはなく、必ず立ち上がるのです。
いえ、心が衰え果てる時こそ、主に頼る時、主の助けを経験する時です。
シャローム
