「しかも、人は自分の時を知らない。悪い網にかかった魚のように、罠にかかった鳥のように、人の子らも、わざわいの時が突然彼らを襲うと罠にかかる。」 伝道者の書 9章12節

「しかも」と、11節のことばを受けて、語り始めます。
人はみんな。良い人もそうではない人も、すべての人が、時と機会に出会います。
誰かが特別に時を得ていくのではないのです。
そして、人は誰一人として、先のことを知ることはできません。

魚が突然、悪い網にかかって捕えられるように、また鳥も罠にかかって空から落とされてしまうようにです。
人も思い通りにはいかないのです。
わざわいは、人が望まなくても、突然降りかかってくるのです。

先のことを知っておられるのは、時そのものを造られて、今も時を支配しておられる主だけです。
私たちは、時を知ることができません。
知ろうとすることは、私が追い求めるべきことではありません。
私は、時を支配されている主を信じて、主にお委ねしていくのです。
私が思う良いことも、私が思う悪いこともすべてを主は知っておられrて支配されています。
私は、主に委ねて、今を大切に生き、与えられている今を、主の前に楽しみたい。
先を知らなくても、先のことを委ねることができる主を知っているから。

シャローム