「人の労苦はみな、自分の口のためである。しかし、その食欲は決して満たされない。」 伝道者の書 6章7節
口のためとは、労苦して食を得なければならないという、創世記3章で主が、罪を犯したアダムに対して、主が与えたさばきによるものです。
「労苦はみな」とは、私たち人のおこなう労苦は、全て生きるためにどうしても必要となる働き、労苦を示します。
しかもどんなに労苦しても、労苦し続けても、その口は満たされることがないのです。
この地上で生きている限り、その労苦はなくなりません。
そして、真に満たされることもないのです。
貧しさがなくならないということではありません。
他の誰よりも豊かになったとしても満たされないのです。
しかし一つだけ、転換点があります。
主イエスを信じて生きるようになった時、労苦は、自分の口のためではなくなります。
主のために生きるようになり、主のために仕える労苦は、満たされるのです。
生き方が変わり、自分が中心ではなく、イエス様を中心にして生きるように変わった時、満たされるのです。
主のさばきのことばの支配から赦されて、主の赦しのことばを受けて生きる人は、満たされる喜びを、地上での生活でも経験できます。
自分の口のためではなく、主イエスのために。
シャローム
