「私の命令を守って生きよ。私の教えを、自分の瞳のように守れ。」 箴言 7章2節
日々の生活、男と女の楽しげな関係に潜む悪しきものに例えて語っています。
そこには喜び楽しげな言葉で誘惑してたり、滑らかな唇から発する偽物の愛の言葉に引かれると、その先は滅びであることを指摘して、警告する言葉が示される7章です。
そんな例えが示される前に、初めに警告し、教え導くのが2節のことばです。
神の命令を守れと聞くと、私たちは息苦しく、不自由な生活を想像してしまうかもしれません。
そして、そのことばには従いたくないのです。
神の前に罪人である私の姿が、そこにはあります。
しかし、2節は教えてくれるのです。
その教えは、私の身体の中で大切な器官である「瞳」のようだと。
瞳は、正しく物事を見るための大事な器官です。
また、当時の人々は、瞳を通して光、良い物が、私の中に入ってくると考えました。
ですから、瞳は大切に守らなければいけないのです。
神の命令は、私の瞳のように、大切なものなのです。
よく見て、良い光を取り込む、大切なものです。
その瞳を守るように、神のことばを守れと教え命じます。
誰も、自分の瞳を雑に扱ったりはしません。
そのように神のことばを聞いて、守るのです。
そこには不自由さや息苦しさなどはありません。
私にとって、良いものがあるのです。
ですから、神のことばを大切にして、守り、聞くのです。
そうするときに、私たちは悪しきものの誘惑から守られて、豊かに生きるようになるのです。
本当に生きることができます。
瞳と神のことばを守ろう。
シャローム
