「あなたの手に善を行う力があるとき、受けるべき者にそれを控えてはならない。」 箴言 3章27節

3章には、2種類の人が登場します。
一方は、悪き者、暴虐行う者、嘲る者、曲がった者などと表現されます。
この人たちは、主なる神様に背き、敵対する人です。
そして隣人に対して、悪を企む者です。

もう一方の人は、主の知恵を求める人。
黄金よりも主の知恵を求める人です。

ここ27節で示されるのは、主を信じて、主の知恵を得た人、後者です。
ここで「善を行う力があるとき」と、示されます。
行う力があるときと、ないときが別れているのではありません。

善き神である主を信じて、その知恵を知識としてではなく、自分の心とたましいに刻みつけている人は、善を行う力があるのです。
自分の力が強くなり、善を行えるようになったというのではありません。
善き神様の力を受けて、聖霊の導きによって、その力を発揮できると言うことです。

そしてその人は、その力を行うことを、決して惜しんで「控えてはならない」のです。
信仰者がその善を行う力を待っている人、必要とする人がいるのですから、控えてはいけないのです。
受けるべき相手に対して、控えてはいけない。同時に、その力を持つ人は、それを行うことを控えて、出し惜しみするようなことがあってはいけないのです。

控えてしまうならば、それはもはや、善を行う力とは、言いません。
私たちは小さく弱い存在ですが、聖霊なる神様に導かれて、善を行うことができるのです。
この手は、小さいけれども、善を行うときに、大きな恵みへと広がっていきます。
主が、祝福してくださるのです。

私にも「善を行う力」があると信じて、この小さな手を動かしていきたい。

シャローム