「私たちの主イエス・キリストの名のために、いのちを献げている、バルナバとパウロと一緒にです。」 使徒の働き 15章26節
異邦人が主イエスを信じたにも関わらず、割礼を受けてユダヤ人と同じになる必要があると、強く主張するユダヤ人たちがいます。
そのことに対して、使徒たちは信仰のみで救われていることを、旧約聖書のことばと主イエスの恵みが与えられていると言う、大切なことを証しして、ユダヤ人たちの間違った意見をおさめるのです。
そして、異邦人の教会があるアンティオキアにバルナバとパウロを遣わします。
彼らが届けた手紙によって、アンティオキアの異邦人キリスト者は、励まされていくのです。
この大切な手紙を届け、教会の人たちを励ます使者として、選ばれたバルナバとパウロです。
ここでは、二人を「いのちを献げている」と説明します。
それも「キリストの名のために」と。
いのちを捨てて殉教する覚悟がある人たちである、命懸けで教会のために奉仕している人だと、説明しているのではありません。
もちろん、その覚悟も二人にはあります。
しかし、ここ訴えているのは、主イエスを信じる者は、みんな、キリストとともに生き、キリストとともに死ぬ、と言うことです。
自分の命を守って、自分の利益となることをするのではなく、キリストのために生きること。
十字架で死なれたイエス様とともに死んでおり、よみがえりの約束を信じて、再臨の主とお会いするために、神と人に仕えている人であると、いうことです。
そのような二人がわざわざ遣わされてことに、とても励ましを受けたことでしょう。
キリスト者のいのちは地上の命だけで終わりません。
キリスト・イエスとともに生きているのです。
主イエスが生きるように私も生きて、主イエスが死なれたように私も死ぬのです。
その先に永遠のいのちの約束と祝福があります。
シャローム
