「それでも、ご自分を証ししないでおられたのではありません。あなたがたに天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」 使徒の働き 14章17節
ナザレのイエスが、イスラエルの民に与えられると、神が約束をされた救い主であると、証を聞いても、人々はなかなか信じられないのです。
そして、聞いた人の中から、信じる人と否定する人に分かれます。
信じないで否定する人たちは、聞いた証を、それが突然起こった話、出来事であって、否定する思いが強いのです。
しかし、バルナバとパウロは、続けて主の恵みについて語ります。
救い主が地上に生まれてくださったのは、突然に降って湧いたことではないのです。
神、主は、季節を与えてくださり。
季節ごとに必要な雨を降らせ、実りを与えてくださっていたのです。
それは人々を愛する主からの恵みでした。
その恵みによって、人々は救い主が現れる前でも、心が満たされてきたのです。
すべて主が恵みを与えて、施してくださったのです。
そこに主は、ご自身を表して証しておられたのです。
それらのすべての恵みは、この時の救い主の誕生と、罪の赦しが与えられるための備えでもあったのです。
私たちは、まだ主を知らない時から、主からの多くの恵みを受け取っていたのです。
季節の恵み、実りの恵みを思い起こし、数えることができるのならば、主がこの時にこそ、与えてくださった救い主の恵みも信じて受け取れるはずです。
季節の恵みを、疑うのではなく、喜び感謝して受け取るように、救い主が与えられている恵みを素直に信じて受け取っていきたいものです。
心は喜びで満たされていきます。
シャローム
