「さて、朝早く、彼らが通りがかりにいちじくの木を見ると、それは根元から枯れていた。」 マルコの福音書 11章20節
11章は、とても興味深いイエス様の行動が記されています。
ここで枯れているいちじくの木は、前日に一つも実を結んでいなかったいちじくの木に向かってイエス様が「だれもおまえの実を食べることがないように」とのろわれた結果でした。
根元から枯れるというのは、根本から滅びることを示します。
この木は象徴的に、信仰の実を実らせることがなく、形ばかりを取り繕う、当時のイスラエルの人々の信仰の姿を示します。
そして、小さな実の一つさえも結ばないイスラエルは、永遠のいのちの約束をいただけないことを示しているのです。
そして、このいちじくの木に実が生っているのかどうかを、なぜ、イエス様はご覧になったのか。
12節で「空腹を覚えられた」から、この木を見に行かれたからでした。
完全に私たち同じ「人」となられたイエス様は、地上での生活の中で、空腹さえも経験をしてくださったのです。
しかも、続く15節では、宮で祈るどころか商売をしている人の腰掛けを倒すという、一見すると怒りを表されたような行動を取られます。
空腹、怒りと、私たちと同じ経験をしてくださる神様の姿に驚きます。
そして、それとは真逆に、いちじくの木を根元から枯らすことができる神様の力をも示されているのです。
真の神であり、完全な人である救い主のイエス・キリストの姿を見ることができる11章です。
シャローム
