「イエスは彼に言われた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』」 マタイの福音書 22章37節
律法学者の一人が、イエス様を試そうとして「律法の中でどの戒めが一番重要ですか」と尋ねた時にイエス様が答えたことばがこの37節です。
この答えは、そのまま質問した律法学者の信仰が、形ばかりのものとなってしまっていることを示すことばとなります。
人を試そうとして、律法のことばを持ち出したこの律法学者は、重要なこの戒めを守っていない人だからです。
神を愛する信仰者は、戒めの中で、どれが一番大事ですかなどと言うことを、他の人に問うことなどできないはずです。
ましてや、他の人を試して、陥れようなどと考えて、律法のことばを持ち出したりはしません。
できないはずです。
神様を愛し、律法を愛するならば、大事ではない律法などは、ないと知っているからです。
他人を試すような人は、神様を愛してはいません。
なぜなら、神様は私たちを試して、合格した人にだけ恵みと祝福を与えるような方ではないからです。
足りない者、欠けがあるような者さえも愛してくださって、律法を与えてくださったのです。
愛しなさいと言う戒めは、愛さなければさばきや罰が与えられると言うことではないのです。
まったく違うのです。
この戒めは、自分が神様に愛されていることを知りなさいと言うことばなのです。
愛されていることを知らない人は、愛することができないのです。
神様はすべてを犠牲にしてまで、私を愛してくださったのです。
ですから、愛されていることを知った私は、神様を「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして」愛するのです。
私を愛してくださる私の神様ですから。
シャローム
