「兄は『行きたくありません』と答えたが、後になって思い直し、出かけて行った。」 マタイの福音書 21章29節

イエス様のたとえ話です。
父が二人の息子にぶどう園に行って働くように言います。
兄は、ここにある通り、最初は断るのですが、後になって、思い直して出かけるのです。
続く39節では、弟は「行きます」と答えますが、実際には行かないのです。
イエス様は、遊女や取税人といった、当時は罪人と呼ばれた人たちを兄にたとえました。
一方で弟は、彼らを罪人と呼んで差別し、自分たちは正しい人であると誇る律法学者や祭司長たちのことです。

形ばかりを取り繕う学者たちの信仰は、内容もなく、実りのないものであると、指摘をするのです。
反対に、罪人と呼ばれていても、神様の愛に触れて、自分の罪を悔い改める人は、行動が伴う信仰なのです。
どちらの人が神様に喜ばれ、神様に受け入れられるのか。
答えは明白です。

ここでいう思い直しとは、真の悔い改めができるのかどうかです。
信仰生活の形が大切なのではありません。
内容があり、行動が伴うかです。
それは神様をどのように愛して行くのかに繋がっています。

遅すぎるということはありません。
神様の前に悔い改めて出かけて行き、神様を愛する日々を送ることが一番です。

シャローム