「神にあって私たちは力ある働きをします。神が私たちの敵を踏みつけてくださいます。」 詩篇 60篇12節
詩人ダビデは、神が自分とイスラエルの民を苦しめて敵の手に渡されたことを告白します。
しかし、それは神を恨んだり、神に反抗して訴えているのではありません。
この詩篇が歌われた時には、ダビデの部下は敵を打ち破って、イスラエルに平和をもたらしているのです。
苦しい最中に歌っているわけではありません。
苦しみ困難を通り、平和と祝福を受け取っている中で声を上げたのです。
ここでは神が敵を踏みつけてくださると告白します。それも私たちの敵を打ち破ってくださると告白しています。
この声を上げる時に、しかし、神はダビデたちを拒み、敵の手に渡すことがあるのだと告白するのです。
それはダビデとイスラエルの民の中に、神様の前に隠れた罪があるから、神のさばきとして、敵の手に渡されたことを知っているのです。
この60篇で一番大切なことは、この詩篇の最後に告白するこのことばです。
「神にあって」
神がそうさせてくださるのです。祝福もさばきも神にあってのことです。
ダビデたちが力ある働きをするのは、それは良い働きであり恵みを伴う働きのことです。
その力ある働きが可能なのは、神が守り導かれるからです。
神が与えてくださるので、ダビデは力ある働きができるのだと、ダビデは告白するのです。
信じているのです。
私たちは、何をするにも「神にあって」ということを忘れないようにしたい。
シャローム
