「すると大勢の群衆が、足の不自由な人たち、目の見えない人たち、手足の曲がった人たち、口のきけない人たち、そのほか多くの人をみもとに連れて来て、イエスの足もとに置いたので、イエスは彼らを癒やされた。」 マタイの福音書 15章30節

多くの病の人、弱さを持った人がイエス様のもとに集まってきています。
そして、イエス様は彼らをすべて癒やされました。
今、私たちは、こうしてイエス様が癒やされたことを、ごく自然に読んでしまっています。
けれども、彼らがイエス様のもとへくるまでに、大変な苦労があったことを忘れてはいけないのです。

12節には、イエス様の教え、語られらたことに対して、パリサイ人が腹を立ていることが弟子からイエス様に伝えられたと記されています。
パリサイ人は、当時の律法の指導者であり、宮で神様を礼拝する時にも指導的な立場にありました。
今、イエス様のもとへ集まっていた人たちを、癒したり慰めたりするべき立場にあったはずです。
しかし、彼らは何もしませんでした。
むしろ、弱さを持っている人たちを罪人であると、指摘していくような人たちでした。

ここに集まっている人たちは、もはや医者や宮の指導者たちに助けてもらえない人たちなのです。
彼ら「大勢の群衆」と、記されるほどに多くの人でした。
そのような大勢をパリサイ人や指導者たちは、見捨てていたという事実が、この時の背後にはあるのです。
彼らは、イエス様しか頼る人はいない、癒し慰めてくれる人は、他にはいないと信じて集まった人です。
そして彼らは、イエス様に愛されている人でした。
癒やされて、励まされて帰っていくのです。

私たちは、イエス様のもとへ行き、そして弱っている隣人を見い出し愛して、イエス様のもとへ連れて行く人になっていきましょう。
イエス様の愛は、隣人を愛するところに現れていきます。

シャローム