「あなたは、私にとって残酷な方に変わり、御手の力で、私を攻めたてられます。」ヨブ記 30章21節
30章の前半では、ヨブを苦しめる者たちへの非難の言葉があり、同時に彼らが取るに足りない者であるのに、ヨブを苦しめるのだと訴えます。
しかし、ヨブのこれらの言葉をヨブは今、いったい誰に向かって発しているのでしょうか。
彼らと友人たちを非難して彼らに向かって発しているのです。
何故なら今、ヨブは神様に信頼して、神様に祈り、助けと慰めを求めることができないでいるからです。
その究極的な思いが、この21節の言葉にあると思います。
あれほどまでに信頼し「主は与え、主は取られる」と、苦しみの中でも主をほめたたえることができたヨブの姿は、もうありません。
「残酷な方に変わり」と叫んでいます。
いつくしみ深い主を見失っています。
「攻めたてられれます」と訴えます。
ヨブの主への信頼が萎えて、慈しみ深い主の姿を見る目が曇ってしまっています。
ヨブはこの時、最低な心と信仰の状況に陥っています。
サタンの攻撃よりも友人たちの責め立てる言葉がヨブをこんなに苦しめてしまったのです。
苦しみ悲しみの中、それが続いたとしても、主を「残酷な方」だと思うようなことがないように、普段から心を見張りたい。
主は、私を攻め立てる方ではなく、私をいつくしみ、守ってくださる方。
この信仰を守りたい。
そして、いつでも主の御翼の下に逃げ込む私でいたい。
シャローム
