「同じように、良い行いも明らかですが、そうでない場合でも、隠れたままでいることはありません。」テモテへの手紙 第1 5章25節

やもめを教会で助け支えることを勧め。
支えるためのには、どのようにするべきかを細かく命じた後に、身体のためにぶどう酒を飲むことを勧めます。
そして、唐突に罪は明らかになること、隠れたままでは終わらないことを示します。
続けて、罪に対比させて良い行いについて記します。
それとともに教会が行う良い行いとしてのやもめへの支援と信仰者個人の良い行いを並べているのだと思います。
ここの良い行いということは、やもめの支援の話と連動していると考えることができます。

やもめを助けるという良い行いは、直ぐに良い結果に結びとは限らないのですが、その良い行いは神様に覚えられており、教会はそれを積極的にするのです。
同じく、信仰者が一人ひとりが良い行いをすることを神様は勧め、命じます。
そしてその良い行いは、神様に覚えられているのです。
直ぐに報いがないと、嘆き必要はありません。
神様に委ねましょう。

悪い行い、罪が暴かれないで、罪人が得をしているように思えることがありますが、そうではありません。
隠れたままの罪はないのです。神様が必ず明らかにされます。
そして良い行いも必ず神様によって顧みていただけるのです。
ですから私たちは、恐れることなく、臆することなく、良い行いをしていきましょう。
それが主なる神様を信じ、愛する者が積極的に歩むべき道です。
そしてそれは祝福と喜びがあるのです。

シャローム