「しかし、あなたがたは、そうであってはいけません。あなたがたの間で一番偉い人は、一番若い者のようになりなさい。上に立つ人は、給仕する者のようになりなさい。」 ルカの福音書 22章26節

最後の晩餐でイエスさまは、定められた通りに去って行くことを弟子たちに語られました。
イエスさまの死と言う大切なことを、イエスさまご自身が示されたのに、弟子たちはよく分かっていません。
誰が、イエスさまを裏切るのかと言うことを議論し始めるのですが、いつの間にか、弟子たちの中では、誰が一番偉いのかと言う議論に変わってしまうのです。
イエスさまのことばをしっかりと聞く、聞いて従うと言うことができていないのです。
それなので、日頃から自分たちの間で関心があることが気になってしまうのです。

偉くなりたい。
他の人よりも立派だと言われたい。
そのような思いは私たちの間で常にあるようです。

イエスさまの弟子ならば、その弟子の中で一番になりたいと、どうしても思ってしまうのでしょう。
私は、イエスさまを裏切ったりしないと言う、主張がいつの間にか、ズレてしまって、誰が偉いのかという議論になたったでしょう。
しかし、イエスさまは、この世界で一番偉い人と呼ばれる人とは、まったく違う神さまの価値観が示されています。
逆転の価値観。
小さい者が大きく。弱い者が強い。後の者が先になる。
主イエスが示される価値観は、このようなものでした。
主の目には、一番若く、弱く、小さい者が、一番偉いと思っている人より価値があり愛され、選ばれる人なのです。
イエスさまが、神さまなのに、一番小さく弱くなることを選ばれて、地上に生まれてくださり、私を愛していることを現してくださったのです。
私たちは、イエスさまを遠くから眺めている人ではなく、イエスさまの弟子になるのです。イエスさまの示された愛に倣って、仕える人になっていきましょう。
シャローム