「役にも立たず、救い出すこともできない、空しいものを追う道へ外れてはならない。それらは、空しいものだ。」サムエル記 第1 12章21節 (2017新改訳)
サムエルは、主がサウルをイスラエルの王として立ててくださったことを示した上で、しっかりと彼らの罪を示します。
主こそが王の王であり、これまでもこれからも主がイスラエルの国とそこに生きる人をさばかれるのです。
かつて、イスラエルの民は、何度も主の前に何度も罪を犯してきました。
主は、罪に対しては厳しく臨まれて、さばきを与えます。
しかし彼らが悔い改めて、主にのみ助けを求めるならば、救ってくださいました。
今、彼らは王である主を捨てて、人の王を求めました。
これは主の前に罪でした。
しかし、主はあわれみ深く、民の願いを聞き入れてくださったのです。
もし、イスラエルの王と民が、主に祈り求め、主にだけ仕えるのであれば、主は彼らへのあわれみを捨て去ることはありません。
しかし、他の国々を羨み、主ではなく、人の王に期待して生きるようになると、それは空しい日々となります。
祈り求めるべきは、主だけです。
期待して待ち望むのは、主からの助けです。
それ以外のものに期待して生きるなら、その人の日々は空しくなり、滅びへと向かっていくでしょう。
あわれみ深く、忍耐強く、私を愛してくださる方を慕い求めていきたい。
シャローム