「祭司の心は踊った。彼はエポデとテラフィムと彫像を取り、この人々の中に入って行った。」士師記 18章20節 (2017新改訳)
エフライム出身のミカの家で祭司となった人。
今度は、ダン部族の人がミカの家にやって来て、ミカが作った彫像などを奪い取り、ミカの家で祭司となっていた人にも、ダン部族の祭司となった方が益があると誘って行くのです。
祭司は、その申し出がとても魅力的に聞こえたので、ダン部族の人たちと行動を共にするのです。
その後、ミカは奪われた彫像や祭司を奪い返そうとしますが、ダン部族の方が力があると分かり、諦めるのです。
ミカとその家の人たち。
ダン部族の人たち。
祭司となった人。
この誰にも、真実な行動はなく、主の前に誠実な人はいません。
全員が自分の利益のためにだけ行動します。
所有地をもっと欲したダン部族。
勝手に祭司を任命して好き勝手ないけにえを献げるミカ。
自分から勝手に祭司となった人。
主を愛し、主のことばに従おうと言う人は誰もいません。どこにもいません。
エポデとテラフィムと彫像。
エポデは祭司の装束です。
これは、主を愛し、主のことばを信じて歩む時に意味のある装束となります。
そうでなければ、エポデも、偶像のテラフィムと彫像と同じです。
これらの物は意味がなく、価値もなく、力のありません。
主のことばを聞く。そして主に祈る。
これがまったく出てこない、17、18章です。
信仰は自分の生活に付け足す物ではなく。
信仰に生きると言う、生活が求められるのです。
心躍るのならば、主に祈ることが許されているそのことを心躍らせて祈りたいものです。
礼拝の日曜日です。心を躍らせ、期待して主の前に集まりましょう。
シャローム