「そして手を置かれると、彼女はただちに腰が伸びて、神をあがめた。」 ルカの福音書 13章13節

イエスさまが安息日に会堂で教えておられた時、そこに18年も病の霊につかれて腰が曲がっていた女の人がいたのです。
イエスさまは、慈しみ深い目で彼女を見られ、病から解放されたと彼女に向って宣言されたのです。
すると、彼女の病はたちどころに癒されて、彼女は神をあがめます。

イエスさまによる真の癒やしは、たちどころに癒されて、もう、病に苦しめられることはないのです。
そして、癒された人は、神をあがめるようになります。
苦しみから解放され、神に立ち返るのです。
病から癒されることも大切ですが、神に立ち返り、神をあがめる生き方に移ることがもっと大切です。

しかし、この時、会堂司は、安息日に癒やしを行なってはいけないと、イエスさまに憤るのです。
なんという罪深いことでしょう。
神さまの律法は厳しいけれども愛の律法です。
イエスさまは、会堂で教え、教えられたことばの通りに愛を実践されたのです。
会堂司は、律法のことばの表面だけを語ってきたのであり、教えてきたのです。ですから、イエスさまの教えとイエスさまの愛の癒やしが分からないのです。

私たちが、神さまの律法を聞いて守る時、そこには実生活での愛の実践が伴わなければ意味がありません。
そしてそこにいつも神を見上げて神をあがめる生活が始まっていかなければいけないのです。
イエスさまが私たちに御手を置いてくださる時、私たちは恵みを受け取り、神と人を愛する使者となっていくのです。
シャローム