「そのうちの一人は、自分が癒されたことが分かると、大声で神をほめたたえながら引き返して来て、」 ルカの福音書 17章15節
ツァラアトに冒されていた10人の人が、イエスさまにあわれみを求めて叫びます。
彼らの願った通りに癒された時、一人のサマリア人だけが、イエスさまの元へ引き返して来て、ひれ伏し感謝したのです。
10人は同じ心で叫んだのではなかったのでしょうか。
上手くいけば癒されるかも知れないと、半信半疑だったのかも知れません。
しかし、いずれにしても癒されたと言う事実を10人は自分の身に経験したのです。
9人は、癒されたことだけを喜んで、癒してくださったイエスさまに心が向かなかったのです。
一人だけは、癒された瞬間から、その喜びを大声で神をほめたたえることで現しました。
そして感謝の心をイエスさまに伝えます。
さらに神以外にこのような癒やしは不可能だと知って、イエスさまにひれ伏すのです。
癒やしを偶然のことではなく、神さまから届くものだと受け止めることは癒やしを確かなものとします。
癒された喜びは当然です。十分に味わってよいのです。
でも同時に、癒してくださった神のあわれみを感謝して神を賛美する心も自分のものとしたい。
そうしないと喜びは薄れていくでしょう。
また、神を大声でほめたたえることができる心を持ちたいものです。
感謝と賛美をはっきりと現せることは、喜びをいつも味わえることに繋がっているのです。
シャローム