「彼はエドムに守備隊を、エドム全土に守備隊を置いた。こうして、全エドムはダビデのしもべとなった。主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」 サムエル記 第二 8章14節
「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」
アラム人を打ち、続いてエドム人を打ち破ったダビデの戦いの様子が記されます。
2節を読むと「縄二本で測った者を殺し」と記されていて、現代に生きる私たちには非常に驚くことが記されています。
ダビデが残虐なのでしょうか、そんなことも考えてしまいます。
いえ、現代日本の基準で、過去のイスラエルのダビデを計ってはいけないのです。
当時は、戦いに勝った時、相手の3分2を処刑し、3分の1は生かしてしもべとしたと言われます。
復讐、私怨を避けるための当時の広く行われていたことなのだと、受け止めるだけにしたいと思います。
大切なのは、最初に書き出した「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」ということです。
この戦いは、主の戦いです。
この勝利は、主が与えてくださったものです。
この戦いでのダビデは、主の剣としての使命を果たしたのです。
そしてダビデは、この勝利を自分の手柄、栄誉とはしませんでした。
主のことばに仕え、主に従い通したのです。
すべては主に栄光を帰し、主を信じて歩むのです。
私たちは今、剣を手にすることはないでしょう。
しかし、日々の生活の中で信仰の戦いはあります。
その戦いを一人で戦ってはいけないのです。
主のことばに従い、主のことばを信頼して戦うのです。
勝利に変わる解決もまた、主から与えられます。
それも「行く先々で」です。どのようなことも、どのような時もその先々で主が与えてくれます。
シャローム