「今そうでないからといって、だれが私をまやかし者だと言えるのか。だれが私のことばをたわごとと見なせるのか。」ヨブ記 24章25節

ヨブの主張は続きます。
ヨブは、慰めを求めているのに、友人たちは、ヨブに罪があることを責め立てるばかりなのです。
ですから、ヨブの主張も段々と激しくなってきています。
正しくない者である友人たちが、今、苦しんでいるヨブを罪人だと言って、追求することができるのかと、訴えているのです。

ヨブが正しいのか、友人たちが正しいのか。
ヨブに罪があるのか、友人たちには罪はないのか。
そんな論争になっています。

ヨブも神様を見失って、自分の正しさばかりを主張していますが、友人たちも神様の視点ではなく、自分たちが正しいと思うことでヨブを責めるばかりです。
神様のみこころを求め、神様の慰めと助けを求めることを、みんな忘れています。

完全な義である神様の前で、自分が正しいのだと訴えることは愚かなことでしかありません。
しかし、苦しい時、私たちはどうしたら良いのでしょうか。
友人や周りの人たちから責められたら、どこへ逃げ込めば良いのでしょうか。
やはり、最初から最後まで、私たちが逃げ込む先は神様の元しかありません。

苦しみと悲しみが、この時のヨブのように重なってしまう時にも、神様に見捨てられたと思わないで、神様の助けと慰めを求め続けたいと思います。
他の人に責められても、反論する前に、反論する時間を、神様に祈り求めたい。祈る時間を多く持ちたい。

シャローム