「そこで、イエスは群衆に地面に座るように命じられた。」 マタイの福音書 15章35節

イエス様が群衆にお話をされていたときの出来事です。
もう三日も一緒にいて、お腹を空かせているので、可哀想でこのまま家には帰したくないのだと、イエス様は弟子たちに伝えます。
弟子たちは、町から離れた場所では、食糧も買うことができないと、自分の目に見えることだけに囚われてしまって、イエス様に期待することができません。

しかし、イエス様は可哀想だと思われたのです。そのまま放って置かれる方ではありません。
群衆の必要を満たし、喜びと平安を感じるように導かれる方です。

ここでイエス様は座るように命じられたのです。
私は、群衆は期待して座ったと感じます。
パンが与えられると、明確に期待したわけではないかもしれませんが、イエス様が、お話を終えて、座るように命じたのですから、これから何が起きるのか、どんな素晴らしい経験ができるのだろうかと、期待したはずです。
律法学者や祭司たちとは、まった違う、愛と恵みに溢れたお話をしてくだっさったイエス様なのです。
期待しなはずがありません。

そして、群衆の期待を遥かに超えた恵が、パンとお魚を食べてみんなが満腹するほどの豊かな恵みを受け取ったのです。

私も、イエス様のことばを聞いて、大いに期待して、心躍らせて、イエス様の前に教会の皆と座って待ちたいと思います。
抽象的なことではなく、本当に主の前に座って待ちたい。そう思う朝です。

シャローム