「主よ 帰って来て 私のたましいを助け出してください。 私を救ってください。あなたの恵みのゆえに。」詩篇 6篇4節

6篇は「嘆きの詩篇」と呼んでよいと思います。
詩人であるダビデは、嘆きの中から主に呼び求めています。
1節を読むと,ダビデは罪を犯したと自覚しているのかも知れないと,感じます。
主のさばきの中に置かれていると感じているようです。
同時に,続く2節を読むと,ダビデは病にかかり弱っているようだと、分かります。
それも軽い病ではありません。ダビデの芯までも弱らせる苦しみなのです。
そのような苦しみの中で、詩人であるダビデは嘆いて,主の呼び求めています。

嘆きながら祈るのは,理由があります。
ダビデは主に見捨てられて,一人でいるように感じているのです。
3節で,恐れを告白します。
主は、助けてくださらないのかと、嘆くのです。

そして4節です。
帰って来てくださいとは、見捨てられてしまったという嘆きから,主を慕い、強く求める祈りの言葉です。
助けて,救ってと,言葉を少しづつ変えながら、しかし言葉を重ねることで強く主を求める心を表しています。

さらにダビデは重ねて祈ります。
「恵みのゆえに」です。
主に助けていただける資格は,本来私たちには無いことをダビデは知っています。
ですから恵みによって救ってくださいと、祈り求めるのです。

強い祈り,求めです。
見捨てられてしまっていると,感じているのです。
しかし、主の恵みと助けを疑ってはいないのです。これが詩人ダビデの素晴らしいところです。
この6篇の最後は、主がダビデを救ってくださることを確信して祈っています。
そして苦しみの中にいるダビデをさらに苦しめようとして攻撃する人たち(8節)が,主のさばきにあうことも確信しているのです。

嘆きの底から祈り求めるダビデは,絶望してはいないのです。
主の恵みにだけ目を留めて祈っています。
嘆きの中で絶望するのは簡単です。しかし,そこから,嘆きの底から主の恵みを確信して,主を慕い,主に祈り求める人を,主は待っておられる。
この6篇のような祈りを自分の祈りとしたいものです。
シャローム