「このようなことによっても、まだあなたがたはあなたがたの神、主を信じていない。」申命記 1章32節 (2017新改訳)

今日から申命記に入ります。
創世記からこの申命記までの5つの書を「モーセ五書」と呼びます。
モーセが記しました。
そして十戒は一番の根幹の主のみおしえ、律法です。
そして、この五書こそが、旧約聖書の「律法」と呼ぶ時に指し示す書です。

ここにはモーセの惜別説教が記されています。

32節は、出エジプトを果たした第一世代のイスラエルの民の罪を指摘します。
「このようなこと」とは、前の節30,31節に示される主の恵みと守りを指します。
民は、主の恵みを受け取り、経験し、守られてきたのにも関わらず、主を信頼して進まなかったのです。

約束の地へ入るには、主のみことばに信頼し、従順に従うことが求められます。
しかし、この1章から3章までに記されているのは、繰り返される民の罪です。
主に呟き。
主の背き。
不従順と罪を繰り返す姿が、もう一度示され語られています。

ここ32節でも、恵みと守りを経験しながら、まだ、主を信じていないと、指摘されるのです。
イエス様は、十字架の死から復活をされた後で、弟子たちに向かって「見ないで信じる人たちは幸いです」と語られました。
ここに指摘されるエジプトでの主の助けと恵みに始まり、多くの恵みを経験し、守られてきた民は、まだ、信じて従い通せないのです。
しかし、他人事ではありません。
私たちも主の恵みと守りを経験し、主に従順に従い通す道を真っ直ぐに歩みたいのです。
あなたははまだ、信じていないと、言われてしまうようなことがないように、日々の小さな信仰の決断を重ねて、しっかりと主への信頼、信仰を身につけていきたい。
シャローム