「それから、イエスは彼らに言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」 マルコの福音書 16章15節

16章の続きです。

「大宣教命令」として。マタイの福音書の最後に記されるイエスさまのことばが有名ですが、ここマルコでもよみがえられたイエスさまは、弟子たちに福音を宣べ伝えるように命じています。
一つ前の14節では、よみがえられたイエスさまにお会いしたと証言するマリア、エマオの村への道のりでよみがえられたイエスさまにお会いしたと証言する二人の弟子たちの話を聞いても信じない他の弟子たちの不信仰と頑なな心をお責めになったイエスさまでした。
マルコは、その語にどのようにして他の弟子たちがイエスさまのよみがえりを信じたのかと言うことを細く記しません。
ただ、この書の最後になる20節で「出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた」と、記します。
そこの一言で、弟子たちはイエスさまがよみがえられたこと、救い主であることを信じて、ここ15節の命令に従ったことを、大切なこととして教えるのです。

イエスさまを信じることが、私たちの人生に大切です。絶対に必要です。
しかしそれは、信じましたで終わるものではないのです。
イエスさまを信じることは、罪が赦されて救われます。そして使命を受け取って、新しい生き方に変わることです。

弟子たちには、ここで「すべての造られた者に」と命じられています。
私たちの内で、創造主である神さまに造られていない存在の人は一人もいません。すべての造られた者とは、私たちの周りのすべての人が対象です。漏れる人はありません。取り除かれる人もいません。
イエスさまを信じたその人は、まだイエスさまを信じていない人、出会っていない人に福音を宣べ伝えると言う使命を与えられているのです。

イエスさまを信じること、罪が赦されることは、新しい使命を持って生きるようになることです。
マルコは、頑なであった弟子たちが変わり、使命に生きるようになったことだけを明確に簡潔に記して、この書を閉じたのです。
イエスさまのこの命令は、私に大切であり、力と喜びを与えることばです。
シャローム