「あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。」ピリピ人への手紙 4章5節

「主は近い」というのは、二つの意味を読み取ることができると思います。
私たちは、主を見ることはできません。かつてのように直接に言葉を交わしたり、愛餐の食事をすることもありません。
しかし、主はいつも私とともにいてくださり、私の一番の友人以上に私のことを知っていてくださるのです。
私の近くにいつもいてくださいます。
もう一つは、主と再びお会いする再臨の日は、本当に近いのだという意味です。
その日がいつ訪れるのかは分からないという遠い日としてではなく、明日にでもお会いできるという心でいることを勧める「主は近いのです」ということばです。

このように主をいつも近くに感じながら生活し信仰生活も送ることを勧めます。
この頃は迫害もあったと思いますし、教会が始まった頃であり、様々な問題もありました。
特に、教会の中で心を一つにできないことがあったようで、パウロは心配をしていたのです。
寛容な心とは、自分とは考えが違う人たち、宣教の方法に違いがあっても、それをお互いに認め合い、受け入れて主イエスの福音を伝えるように勧めるのです。
すべての人にとは、敵対する人にも、意見が違う人も含めて教会の内外に寛容な心を持って接することを命じているのです。

今も、色々な考えや新しいことが起きています。
その時、私たちはイエス様の愛をもって、寛容に互いを受け入れ合って、主イエスの愛を証ししていきたいものです。

シャローム